
その昔、スーパーマリオブラザーズというゲームがありました。
任天堂がスーパーファミリーコンピューターで発売し、爆発的なセールスを記録した、
まさに国民的ゲームソフトです。ゲームの中で主人公は様々な場所を敵を倒しながら進んでいきます。
その場所は普通の平地であったり、山あり谷ありであったり、海の中であったり、
空であったり、洞窟であったり、ありとあらゆる場所へ移っていきます。シチュエーションはどんどん変わりますが、ゲームとして統一感をキープできているのは、
そこに出てくるキャラクターがマリオであるということと、敵と主人公を助ける様々なアイテムが統一されていることによります。その要素こそが「スーパーマリオ」を「スーパーマリオ」たるものにしていると言えます。
マリオプロジェクトはその記号性を生かして、東京の街で「スーパーマリオ」のゲームを
プレイしようと考えています。「ハテナボックス」を実際の背景の中で「マリオ」が突き上げ、
でてきた「キノコ」を取るという写真を撮影していきます。大きな「ハテナボックス」と「キノコ」。それから「スーパーマリオ」。
この3つの要素をそろえて、あらゆる場所をゲームの中へと引き込みます。人が「マリオのゲーム」として意識できるギリギリの要素で、
「スーパーマリオ」と「単品開発が撮影する写真」の間に同一性を呼び起こすことができるのか?
どんな場所だと「ああ、マリオっぽい」みたいなことになるのか?
そして、街の中でジャンプし、ハテナボックスを突き上げ、キノコを取ることが、
「マリオ」の「規格」として成り立っているのか?